5. 「爪哇(ジャワ)の夜はシンガポールにくらべて
  「爪哇(ジャワ)の夜はシンガポールにくらべて、ひどく静かで、闇が濃く、深く、そういう夜を日本では、明治の昔に味わったものである。」と書いた詩人はバタヴィア(ジャカルタ)からチェリボン(チレボンだと思う)、スマランと汽車の旅を続け、スマランからはオート・バスでソロー王国に着いたと記されている。好きな詩人が同じコースを辿って旅をしたというのを後で知って、なんだかうれしい。爪哇の闇は濃い。大こうもりの群れが飛び交う。

まずい朝飯を食ったら、食堂のおねえさんと英語の話せる妹さんが待っていた。話せるといってもこちらとどっこいだから、何とか意思が通じる程度ということで、ネイティブがそばで聞いていたら、こいつらよくこんなんで通じるなと思うだろう。でもこれがよく通じる。
兄弟姉妹がたくさんいて、バティック工房をやっている兄、姉のところに案内される。両方とも、木綿中心の堅実なバティックではあるが、華やかさには欠けるので、2,3枚買っておしまいにする。市内で一番いい工房に案内してくれというと、バティック工房Aにつれていかれる。いろいろ見るものの、気に入ったのは1点。ピンク基調の地に孔雀が舞うシルクバティック。
時間も限られているので、午後はプカロンガンの郊外クドゥンウニへ。ウィースーチュン工房の、これ以上精緻なものはないといわれるバティックが目当て。でもこれは、また次回のお話。

 
ティックを買いに行く(2) インドラマユ&ブロンガン篇

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