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2006.2仕入れ旅 後編 ラスム・クルック・マドゥラ編
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ラスムへ向け、ソロを出ようとうろうろしたが、なかなか出口が見つからない。 何人かに道を尋ねるも、言うことがばらばら。 だから中部ジャワの人間はやなんだよなどとドライバーのTさんがいう。 そのうち俺が道案内するというバイク男が現れ、ようやくラスムへの道に入る。 車のなかでは、バイク男になにがしか渡した方がいいのではとSさんが言えば、Hさんはいいやここの人間は受け取らないからむだだよ、などのやり取りがあったが、結局バイク男は受け取らない。 Tさんの、ジャカルタならひったくるよとの発言で大笑い。 日本と同じく、お礼を受け取るかどうかなどささいなことでも地域性があるらしく、ここジョグジャ・ソロは、けっこうかっこつける人が多いらしい。
ソロからは、北海岸へ向かって山越えの道。 今年は大雨が降り、大規模な地すべりなどがあったので、行き着けるか不安もある。 うっそうとした森の中をという感じでもなく、どちらかというと見晴らしの利く潅木の中を走る。 おそらく、少し前はこの辺もチークなどが茂った森だったのだろう。
右に曲がって海岸沿いに少し走るとラスムに着く。 チレボン、インドラマユなどもそうだが、ジャワ島北海岸の町はなにかほっとするような開放感がある。 暑さはそんなに感じないものの、光が強い気がする。 携帯で連絡をとっていると、そのうち案内のバイクが現れ、乗ってるのはやはりHさんのセミナーの教え子。
さっそく工房で布を見せてもらう。 ロウ描きも染めもかなり粗い。 精緻さという点ではチレボン、プカロガンのものとは比較にならない。 でも、見方を変えれば、素朴で、動きがあって、いきいきとしているともいえる。 バティックの価値をどう考えるか次第なのだ。 モチーフは北海岸共通の海の生き物(写真1)や花束模様、それにマドゥラっぽいものもある。 興味を引かれたのは祭壇布(写真2)。 写真にあるように、机の前にいいかげんに留められている。 ラスムは中国系が多いと聞くが、ここもそうで、結局同じものを10枚ほど染めてもらうこととする。
来る前に日本で調べたラスムのバティック事情は、1,2軒の工房があるだけで、昔の面影はないというものだったが、聞くと、そこそこのものを作る工房が2軒、庶民向けのバティックを作る工房が10軒程度あるという。 もちろん、「ラスムの赤」を出せるほどの技術はないが、けっこうやっているなという感じを受けた。
次の目的地はクルック(ケレック)。 海岸沿いを東へ、トゥバン目指して走る。 トゥバンから山のほうに入る頃はもう暗くなり始め。 巨大なコンクリート工場を過ぎてしばらくいくとクルックの村に着く。
いまは、化学染料による染めがほとんどになるなど、わざわざ村まで行って買うほどではないといったところか。
庭や、周囲は木藍がいっぱい茂っている。 藍の染め色はすごく濃い。 ここの染めは、土に穴を掘り、泥藍を満たし、石灰を投げ込んで染めるのだそうだ。 布の値段はけっこういい。 この布の値段から推定すると、日本でネットで売っている何千円かのクルックの布は、化学染料によるものとしか考えられない。 本物はそれなりの値段がするものなのだ。ものの値段はそれなりの意味を持つ。
スラバヤについたのは11時少し前、今日は強行軍だった。明日はマドゥラ。
マドゥラへは、フェリーがひんぱんに出ている。 時刻表らしきものはないが、車がいっぱいになると出航する。 しばらくするとマドゥラの港に着く(写真8,9)。 香港のスターフェリーよりちょっと長いくらいの感じ。 まずは島一番の都市スメナップを目指す。 そこに、やはりHさんの教え子がいるとのこと。 でも、行けども行けどもなかなか着かない。 けっこう大きな島で、おまけにスメナップは東の端のほう、港は西の端だから距離にすれば150キロはありそうだ。 車は、廃線に沿って走る。 まだ、駅舎のあとや、信号機が撤去されずに残っている。 線路はずっと続いており、つい最近まで列車が走っていたのだろう。(帰ってから地図で確認すると、路線図がのっていた。10年前発行の地図なので、10年前には現役だったということになる)。
パムカサンを過ぎるとようやくスメナップの町。(写真10)
共通するモチーフや地模様もあるが、少しづつ違っている。 共通するのは、地模様をしつこく描きこむこと。 チレボンのテンボガンバティックのすっきりさかげんとは大違い。 個人的にはそんなに好きではないが、なかにはこれはと思わせるものもある。
鳴き声を競わせる鳩が鳥かごにたくさんぶらさがっているし、ちょうどシーズンの仏頭果が籠一杯盛られて出てくるし、職人はのんびりして(写真11)、なにか豊かな感じの工房。 工房の主も控えめで、われわれをもてなしてくれ、いい感じ。 バティックは、感覚はいまいちだが、丁寧に作っている。 写真を見ればよくわかる(写真12)。 泊まっていけとのお誘いをなんとか断って、パムカサンに戻る。3軒まわったが収穫なし。でも、つまらんと思いつつ何枚か数を稼ぐ(写真13,14)。 で、結局、島が大きすぎて、それにスメナップでの歓待で時間をとりすぎてタンジュンブミへはいけずじまい。 しょうがないので翌日スラバヤのショップでタンジュンブミバティックを買うことにする。
各地に支店のある有名店。 当然値段は高い。 2000年に買ったものとほぼ同じと思われる代表的なタンジュンブミバティック(写真15)が2.5倍の値段でびっくり。 石油の値上げなどインドネシアの物価は相当上がっており、それがバティックの価格にはねかえっているのだろうが、それにしてもタンジュンブミが万の単位か。
バティック工房は1軒だけ残っているとのこと。 この工房も、婚礼衣装などが中心で、昔ながらのバティックは少なくなっているという。 やはり、マドゥラに近い印象を受ける。 ド派手なやつを買う(写真16)。
これで、今回の仕入旅も終わり。 ラスム、クルック、マドゥラにはしばらく、おそらくずっと来ることはないだろう。 ソロもいらないから、ジョグジャで古いものを買い占める夢でもみるとするか。 少々飽きたので浮気をしてみたものの、たびうさぎはやはりチレボン・プカロガンだなというのが結論。 |
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